東京23区と同じ広さに約5,000人が住む「上士幌町(かみしほろちょう)」。その人口が増えている。道内の自治体のうち人口増加率4位(大都市を除けば1位)で、住宅が足りなくなるほどだ。移住者に話を聞きつつ、上士幌町独自の地域おこしの取り組みについて探ってみよう。
遠くには大雪山系の山々がそびえ、平野部には十勝らしい農村風景が広がる上士幌町で、建設中の大きな建物がある。町や地元畜産農家などが連携して整備を進めるバイオガス発電プラントだ。
畜産が盛んな上士幌町で発生する大量の家畜ふん尿を発電に利用する。JAを中心に酪農・畜産農家等が出資した上士幌町資源循環センターが3基、町内大型酪農法人が独自で1基を設置、計4基が2018年3月までの本稼働を目指し試験運転を行っている。これらのプラントが発電した電力は、上士幌町役場が中心となり設立を検討している地域エネルギー会社を通して、町内農家や企業、一般家庭に販売される予定だ。
2019年までには町内でさらに2基のプラントを建設する計画で、計6基が完成すればほぼ町内の総電力がまかなえる計算だ。さらに、発電の際に出る廃熱や余剰ガスを活用して、ハウス栽培で新たな作物を育てることも構想している。
また、発電に利用するふん尿は、まだまだ余裕がある。さらに発電プラントを増やしていけば余剰電力で売電収入も得られるようになる。
エネルギーの地産地消ともいえるこの資源循環型システムには、地域エネルギー会社、資源循環センター、農業施設などでの雇用創出効果も期待できる。
人口を増やし、町を活性化させるためにあらゆる手立てを講じる。そんな上士幌町の積極的な姿勢を象徴する取り組みといえる。
上士幌町の人口は、1955年のピーク時には1万3千人を超えていたが、それ以降はほぼ毎年減少を続け、2014年には5,000人を割る。
そんな状況に危機感を抱いた町は、早くから移住・定住の促進、福祉、地場産業の活性化など幅広い分野で各種施策を講じてきた。また、2014年にふるさと納税の収益を元にした基金を設立し、高校生までの医療費無料化や、認定こども園の保育料無料化など、子育て支援策の拡充を進めた。
上士幌町の人口推移 | ||
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2010年末 | 5,188人 | - |
2011年末 | 5,153人 | -35人 |
2012年末 | 5,072人 | -81人 |
2013年末 | 5,005人 | -67人 |
2014年末 | 4,884人 | -121人 |
2015年末 | 4,886人 | +2人 |
2016年末 | 4,917人 | +31人 |
2017年末 | 4,988人 | +71人 |
それらが功を奏し、2016年末の人口は前年より31人、2017年末の人口は前年より71人の増加に転じる。全国で人口減少が著しいなか、地方において3年連続の人口増は異例の出来事といえる。
上士幌町でピザとワインの店「パピリカ」を営む井上智彦さんも移住者の1人。東京の出版社で編集者として働いていたが、早期退職をして震災ボランティアの活動に従事。その後、2012年に地域おこし協力隊に加入し、上士幌町にやってきた。
「役場で働き、町のいろいろな人に話を聞くなかで、地元産の食材を使って町おこしができないかと考えるようになりました。
地元の飲食店にも協力してもらおうと思いましたが、なかなか盛り上がらず、それなら自分でやった方が早いんじゃないかと思ったんです」
そう思い立った井上さんはすぐに東京に行き、ピザの専門学校に入って短期間の研修を受けた。そして実際に作ったところ、その出来栄えに手応えを感じ、数カ月後には役場を退職し、店をオープンさせた。
小麦、肉、野菜、チーズ、蜂蜜など、ほとんどが上士幌町産か十勝管内産の食材を使ったピザ屋は、地元の人気店になった。通常の営業だけでなく、親子ピザ教室や地域の若者を対象としたカップリングパーティーを開催するなどして、地域振興の役割を果たしている。井上さんは、上士幌町に来た時のことをこう振り返る。
「北海道に移住したいとは思っていましたが、上士幌町なんて全く知りませんでした。でも、初めて訪れてレンタカーを走らせていた時に、雄大な景色を見て、“ここに決めよう”と即決しました。今は、あの時の決断が正しかったと思っています」
井上さんの場合は移住後に自らビジネスを始めたケースだが、誰もが同じようにできるとは限らない。地方への移住を検討している人の多くが心配しているのは、仕事があるか?という問題だろう。
そこで上士幌町では、無料の職業紹介所を運営し、町で仕事を探す人と企業とのマッチングをしている。紹介所が運営するWebの「かみしほろ会社・仕事図鑑」を見ると、町の主な産業は林業や農業(酪農・畜産、畑作)、観光だが、それ以外にもさまざまな業種・職種の募集がある。町では起業支援も行っているので、アイデア次第では井上さんのように新たなビジネスにチャレンジすることもできる。
また、テレワーク事業を行う企業・個人事業主に対して、住居兼オフィスの家賃、水光熱費、インターネット通信費が最大1年間無料になる制度もある。働く場所を選ばないIT系のビジネスなどなら、自然豊かな環境でワークライフバランスを保ちながら仕事をすることが可能だ。
上士幌町への移住の窓口となるのは、NPO法人上士幌コンシェルジュだ。上士幌コンシェルジュでは、上士幌町への移住や二地域居住にあたっての事前相談を受け付けている。また、Webサイト「移住.com」にて、移住体験希望者に対してさまざまな情報発信を行う。
「移住に興味がある」という人に対しては、まずは移住体験住宅の利用を勧めている。家電や生活用品などが全て揃った住宅で、リーズナブルな料金で1週間から1年程度、お試し暮らしができる。
実際に移住した後のフォローについては、「放っておくのでも、おせっかいするのでもない」適度な距離感を保つ。上士幌町の住民には、移住者を温かく受け入れる風土がすでにできあがっているからだ。
上士幌町の魅力を改めて挙げるとすれば、何といっても豊かな自然だ。国立公園で最も大きい大雪山国立公園を有し、面積の約76%を森林が占める。緑が視界いっぱいに広がる風景には、誰もが心を癒やされるだろう。
24本の源泉を有する「ぬかびら源泉郷」や、北海道遺産「旧国鉄士幌線コンクリートアーチ橋梁群」、自治体が運営する公共牧場としては日本一広い「ナイタイ高原牧場」など、観光スポットも多い。大空をカラフルな熱気球が彩る「バルーンフェスティバル」は、全国各地からファンが訪れる人気のイベントとなっている。
酪農や農業が盛んなために、名産品も多い。ストレスのない環境で育った「十勝ナイタイ和牛」「十勝ハーブ牛」、十勝養蜂園の「国産はちみつ」はふるさと納税でも人気の品だ。牧場・ドリームヒルのジェラートはテレビや雑誌でもたびたび取り上げられる。
ふるさと納税や観光を通じて、上士幌町の奥深い魅力に触れてみれば、あなたも移住を検討したくなるかもしれない。
上士幌町内を流れる音更川流域に、1855年には74人のアイヌが住んでいた。そのため、現在も町周辺にはアイヌの地名が多く残されている。「士幌」は、アイヌ語の「スホロペッ」(鍋を水につけた川)が、ナイタイ高原牧場の「ナイタイ」も、アイヌ語の「ナイエタイェペッ」(沢の頭がずっと奥に行っている川)が語源といわれる。 町の北部にたたずむ通称「オッパイ山」(西クマネシリ岳とピリベツ岳)は、乳房の形をしていることから、この地がアイヌ民族の聖地であるという説があり、それにちなんだ「オッパイ山祭り」が上士幌町の東泉園で毎年開催されている。