東シナ海に面した閑静な漁師町「いちき串木野(いちきくしきの)市」。一見、どこにでもある港町のようだが、幕末の混乱期に命がけの密航で英国に向かった若き薩摩スチューデントを送り出した地であり、古くからマグロの遠洋漁業が盛んで「まぐろラーメン」発祥の地としても知られる。そして平成25年初夏、漁業の町に大いなる希望をもって移住してきたレタス農家がいた。
農業経験14年、レタス栽培のエキスパートの松田 健さんは、勤めていた長野県の農業法人から独立、新天地でレタス栽培に挑戦するために鹿児島県を訪れていた。かつての同僚で、今は青果卸会社に勤める知人が鹿児島市にいて、松田さんの挑戦を後押ししてくれることになっていたからだ。
鹿児島市近郊で候補地を探すなか、最初に視察したのがいちき串木野市だ。松田さんはこう振り返る。
「暖かい地域で、冬作のレタスを生産したいと考えていました。いちき串木野市は、鹿児島市から車で30~40分と物流面で有利な立地で、桜島の降灰はない。レタス作りに適していると考えました」
そこで松田さんは、いきなり現地の役所に出向く。「レタス栽培をやりたいので畑を2町歩(6千坪)ほど貸して欲しい」と伝えたのだ……。
そもそも、いちき串木野市とはどんなところか。同市は鹿児島県薩摩半島の北西部、東シナ海に面し、海・山・温泉などの自然に囲まれた風光明媚な町。年間の平均気温は16.9度と、暮らしやすい温暖な気候が特徴だ。「まぐろラーメン」「つけあげ(さつまあげ)」など、おいしい地元食材がそろう町でもある。
いちき串木野市は、移住希望者からの人気も高い。雑誌『田舎暮らしの本』の「2019年度版住みたい田舎ベストランキング」では、南九州エリアで総合4位に選ばれたほどだ。
さて、役所の農政課に畑を貸してほしいと頼み込んだ松田さんだったが、当然、断られた。いちき串木野市に限らず、地元で農業を営んだ実績がない人に、農地を貸してくれる人は誰もいない。
しかし松田さんは諦めずに、粘り強く交渉した。その結果、就農者を支援する指導農業士会の会長さんを紹介してもらう。そして、普段は多忙でほとんど地元にいない会長さんと、タイミングよく会うことができた。
会長さんに、これまでの経歴やレタス栽培にかける思いを伝えると、ひとまず空き屋を貸してもらえることになった。視察をしたその日のうちに、住む場所が決まってしまったのだ。
いちき串木野市では、移住を検討している方を対象に、一定期間(1泊2日から1カ月以内)市が整備した体験住宅に住み、日常生活を体験できるお試し居住制度を実施している。家具や電化製品等が備え付けられた住宅が用意されているので、すぐに住み始めることができる。
視察から2カ月後には、 妻と子供(小学4年生と1年生)とともにいちき串木野市に引っ越してきた松田さん。ほどなくして2.3ヘクタールの農地(休耕地)も借りることに成功。畑の草刈りからレタスづくりをスタートさせた。
平成25年5月 | 長野県の農業法人を退職 |
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平成25年6月 | いちき串木野市を視察 |
平成25年8月 | いちき串木野市に家族で引っ越し |
平成25年9月 | レタス栽培をスタート |
平成27年 | 農業生産法人ゼロプラスを設立 |
トントン拍子でスタートしたレタス栽培だが、過去いちき串木野市でレタス栽培は行われたことがない。想定はしていたが、その土地での栽培例のない作物だけに、数年は試行錯誤の日々が続いた。それでも少しずつ農地を拡大し、人も増やし、平成27年には、農業生産法人ゼロプラスを設立。 5期目からは収支のめどが立つようになった。
長野県の大規模農場で経験を積んだ松田さんだけあって、農業経営の手腕は確かだ。たとえば販売については、安定した収入を確保するために契約栽培の方法を採っている。また、奥さんは別会社を設立して、育苗を専門に担当している。販売や苗づくりを分業にすることで、松田さん自身はレタスの栽培に専念することができる。
ゼロプラスでは平成29年、30年に新卒採用も行った。レタス栽培6期目を迎えた現在は、社員4名、パート5名の組織となった。耕作面積も20ヘクタール(市内50箇所)にまで拡大している。今後の展望について松田さんは語る。
「かつて私が長野の農業生産法人で農業経営を身につけ、独立したように、やる気ある若者をたくさん育てて独立させたいと思っています」
「現在、私たちのレタス生産量はまだまだ少ない。耕作面積を今の倍にして、10tトラックを毎日満杯にして出荷できるようになれば、レタスの産地として信頼されるようになります。いちき串木野市といえばマグロですが、レタス産地としても知られるように、規模拡大を図っていきます」
ところで、レタス栽培については順風満帆の松田さんだが、移住後の生活はどうだったのか。長野県から、縁もゆかりもないいちき串木野市に引っ越してくることに、家族の抵抗はなかったのだろうか。
移住してきた当時、「子どたちは『前の家が良かった』と文句をいっていましたね(笑)。でもここは、海がすぐ近くにあって、夏は毎日のように海辺で遊んでいます。新鮮な魚がいつでも食べられる。何よりも周りの人たちがとても親切です。今ではとてもいちき串木野を気に入っていますよ」
移住後に生まれた3人目のお子さんは5歳になり、完璧な地元っ子として元気に過ごしている。レタスだけでなく、家族の絆も順調に育っているようだ。
加工用として契約栽培を行っている松田さんのレタスは、一般販売されていないのでスーパーなどで購入することはできない。だが、いちき串木野市近隣にあるコンビニのサンドイッチの材料に使われているので、誰でも味わうことができる。
現地で実際にレタスサンドを買って食べてみたが、普段コンビニで食べているレタスとの違いに驚いた。しっかりとした歯ごたえがあり、ジューシーで新鮮そのものだった。産地と供給地が近いため、収穫してからごく短時間のうちに店頭に並んでいるからだろうか。「コンビニのレタスサンド」はいちき串木野市の隠れた名物かもしれない。