十勝ワインは北海道産ワインの元祖として知られるが、その十勝ワインと同じ歴史を持つのが「十勝ブランデー」だ。ドラマ『マッサン』ブームで国産ウイスキー人気に火がつき、ハイボールが定番の飲み方となったが、ウイスキーよりも香り高いブランデーを使った「十勝ブラボール」にも大ヒットの予感がする。
十勝平野の中央よりやや東にある、人口約7,000人の小さな町、池田町。その中心部となる清見の丘に、中世ヨーロッパの古城にも似た「池田ワイン城」が建っている。正式名称を池田町ブドウ・ブドウ酒研究所といい、ワインやブランデーなどの開発・製造・熟成を行うワイナリーだ。
十勝ワインや十勝ブランデーは、この池田ワイン城でつくられる。
しかし、ワインの醸造は一筋縄ではいかなかった。町内に自生していた山ぶどうはワインに適する品種であることがわかったが、安定した収穫が難しい。また、一般的な醸造用ぶどうを栽培しようにも、池田町は冬の寒さが厳しいために育たない。そこで、寒さに強く、高品質なワインができる独自品種の開発を行ったのだ。
まず、フランスの品種「セイベル13053」をもとに、1000本に一本の割合で突然変異を起こし、たくましく実を付ける「枝変わり」を5シーズン続けることで、赤ワイン品種「清見」を開発。しかし清見は寒さに弱く、冬を越すために手間がかかった。
そこで今度は交配法によって寒さの強い品種を創り出そうと試みた。ワインに適したぶどうを交配するには、長い時間と多大な労力が必要となる。ブドウ・ブドウ酒研究所では数年を掛けて2万種以上の交配を行った結果、清見と山ぶどうを交配した耐寒性品種の「清舞」を開発。さらに同様の手法で「山幸」を開発した。
清舞でつくられたワインは、母親の清見ゆずりのさわやかな酸味が特徴。
一方、山幸でつくられたワインは、父親である山ぶどうの酒質を引き継いだ野趣あふれる香りと酸味が特徴。
それぞれ個性的な風味を持つぶどうができあがった。
池田ワイン城の売店ではこれらのワインも売られているが、実は他にも注目すべきお酒がある。
まず、スパークリングワインの「ブルーム」シリーズ。本場のシャンパンと同じ、非常に手間のかかる「瓶内2次発酵」という製法でつくられたスパークリングワインだ。池田ワイン城は、日本で初めてこの製法での製造に成功している。
炭酸ガスを注入したスパークリングとは違う、きめ細やかな泡が楽しめる。
そしてもう一つの品が、ブランデーのメッカであるコニャック地方と同じ製法でつくられる「十勝ブランデー」だ。
「ブランデーには馴染みのない人も多いかもしれませんが、ソーダで割って飲む“ブランデーのハイボール=ブラボール”をぜひお試しください。」
「ウイスキーハイボールとは違った香りが楽しめますよ」と池田町ブドウ・ブドウ酒研究所の宮澤嘉裕さんは説明する。
十勝ブランデーを使ったハイボール=十勝ブラボールと呼んでいる。
ぶどうの醸造酒を蒸留してつくられるブランデーは、レモンとの相性もバツグン。ウイスキーハイボールよりも芳醇で豊かな味がウリだ。
池田ワイン城がブランデーをつくる理由は、ブランデーとワインの原料が同じだから。ぶどうを発酵させるとワインになり、そのワインを蒸留することでブランデーができる。
池田ワイン城ではコニャック地方でブランデーづくりのノウハウを学び、ワインと同じ1966年に「十勝ブランデー」を販売。以来30年以上、ブランデーの販売を続けてきた。しかし1993年、ブランデーの在庫が10万リットルにまで積み上がったことで、生産を一時ストップさせた。
ブランデーといえば高級酒。10万リットルものブランデーとなれば、小規模自治体の保有資産としてはかなり高額だ。逆にいえば自治体が運営するワイナリーだからこそ、価値の高いブランデーを急いで売却したりはせずに、倉庫にじっくりと寝かしておくことができたのかもしれない。
そして2016年、販売用のブランデーが少なくなってきたことと、近年ブランデー人気が高まっていることを背景に、池田ワイン城では23年ぶりにブランデーの製造を再開した。
原料に使った品種は前述した「山幸」だ。ブランデーは仕込んでから飲めるようになるまで10年以上かかる。2016年につくられたブランデーが将来どのような味になるのか。今から非常に楽しみである。
さて、ワインやブランデーと並んで池田町のもう一つの特産として知られるのが「いけだ牛」だ。
日本固有の肉専用種である「和牛」は4品種しかなく、有名なのは黒毛和種だが、池田町で育てられているのは「褐毛(あかげ)和種」だ。JA十勝池田町の古川勇一さんはこう説明する。
「いけだ牛の特徴は、霜降りでありながら余分な脂肪が少なく、赤身本来の味が楽しめることです。また、生まれてから肉加工まで全工程を池田町内で完結しているので安心・安全です。」
「すき焼き、しゃぶしゃぶ、ハンバーグなど、どんな食べ方でも美味しいですよ。」
また、生産者の和牛生産組合あか牛部会・神谷雅之さんは、「いけだ牛は黒毛和牛よりも丈夫で飼いやすい牛です。」
「肉がやわらかく風味がいいのは、飼料としてワインの製造で出る絞りかすを与えているからかもしれません」と語る。
食欲がそそられるいけだ牛だが、地元の人でも手に入れるのはなかなか難しい。年間の出荷量が220~250頭と少なく、そのほとんどが道内の特定の販売先にしか出回らないからだ。ただ、地元のホテルやレストラン、お祭りなどで、十勝ワインとともに味わえることもあるそうだ。
牛肉出荷量日本一の北海道には、いけだ牛のようなプライベートブランドに近い希少な和牛が数多く存在する。そんな和牛を食べ比べする旅も面白いかもしれない。
池田町とアイヌの関わりは深く、かつてこの地域には多くのコタン(集落)が存在した。例えば明治13年(1880年)には、13戸81人のアイヌが暮らす「蝶多(チョタ)」を筆頭に多数のコタンがあった。また十勝川と利別川の合流点である「利別太(トシベツプト)」は、アイヌの鹿猟・サケ漁の拠点としてにぎわっていた。現在の池田市街は利別川のはんらん原を利用して形成されたものだ。