農業大国北海道は、米の生産量も国内第2位である。長年稲作には不向きと言われてきたが、いまや、「ゆめぴりか」「ななつぼし」などの銘柄米が登場し、おいしさ、人気ともに、米どころ新潟県を脅かす存在になりつつある。極寒の地で、あえて米作にこだわった理由は何か?そこには全国から北海道に渡った入植者たちの長年の悲願が込められていたのだ。
夏でも低温で積雪期が長い北海道は、かつて稲作に向いていない地と言われた。しかし、「明治時代に入植した頃から、地元で米を作るのが悲願だったようだ」と東神楽町産業振興課の橋本達也主査は語る。
現在も北海道が米作りにこだわるのは、先人の想いを叶えようという子孫の心意気が根底にあるのかもしれない。
戦後には、米の収量性と耐冷性に主眼を置いた品種開発や作業の機械化などが進み、十分な収穫量が得られるようになった。
ところが、平成になっても北海道米の評価は低く、「当時の生産者は非常にくやしい思いをしたようです」とホクレン米国部 主食課の熊谷和也課長は語る。さらに品種改良を重ね「ななつぼし」「ゆめぴりか」など新品種が登場するたびに、道内食率(北海道内の米消費量に占める北海道米の割合)も右肩上がり。1996(平成8)年はわずか38%だったが、2012(平成24)年度からは90%前後で推移し、2016(平成28)年度も87%と高い割合を保っている。
地元で北海道米消費量が増えるとともに、道外でも高い評価を得るようになる。食味ランキングにおいて、「ゆめぴりか」「ななつぼし」は、平成22年から7年連続、「ふっくりんこ」は平成26年以降3年連続で、最高位の「特Aランク」を獲得(一般財団法人 日本穀物検定協会調べ)。今ではブランド米としての地位を確立した。
品 種 | 平成22年 | 平成23年 | 平成24年 | 平成25年 | 平成26年 | 平成27年 | 平成28年 |
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ゆめぴりか | 特A | 特A | 特A | 特A | 特A | 特A | 特A |
ななつぼし | 特A | 特A | 特A | 特A | 特A | 特A | 特A |
ふっくりんこ | 特A | 特A | 特A |
2014年(平成27年)北海道米の出荷量は約35万トンにのぼり、新潟県に続き国内第2位のシェアを誇る。
それでも「北海道の名産品は米、と言ってもらえるためには、まだアピールが必要です。米生産量が全国第2位と知られてないことも課題のひとつでしょう」と熊谷氏は語る。
北海道が目指しているのは、質量ともに日本一の米どころ。この大きな目標にたどり着く日はそう遠くないだろう。
平成27年 [収穫量(t)] |
平成28年 [収穫量(t)] |
平成29年 [収穫量(t)] |
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1位 | 新潟県 [619,200] |
新潟県 [678,600] |
新潟県 [611,700] |
2位 | 北海道 [602,600] |
北海道 [578,600] |
北海道 [581,800] |
3位 | 秋田県 [522,400] |
秋田県 [515,400] |
秋田県 [498,800] |
道産米というと「ゆめぴりか」「ななつぼし」が有名だが、他にも知る人ぞ知る銘柄が勢揃いだ。
北海道米の最高峰とされる「ゆめぴりか」は、粘りと甘みが強く、炊きたてをそのまま味わうのが一番。
全国の名だたる品種と食べ比べた官能評価でも高い評価を得られている。
「ななつぼし」は、北海道で最も食べられている品種。ほどよい甘みと粘りで、おかずの味を引き立たてるのが得意。冷めてもおいしさが長持ちするのも特長だ。
道南と空知のみで作られる「ふっくりんこ」は、北海道のローカルスター米。名前の通りふっくらした食感と心地よい甘さで、魚介類との相性が抜群だ。
他にも、北海道には、新潟県産コシヒカリに匹敵する官能評価を獲得する「おぼろつき」、病気に強く「ふっくりんこ」を父に持つ「きたくりん」、平成元年生まれの「きらら397」など魅力的な品種ばかり。
「スーパーの米売り場では、品種と価格ぐらいしかわからないので、私たちが積極的に産地や米の特長を発信する必要があると思います」と熊谷課長。道外では入手困難な品種もあるので、現地を訪れたらぜひ食べ比べをして、自分好みの米を探してみたい。
旭川市に隣接する東神楽町は、農業が盛んな人口約10,300人の町である。周辺を含む上川盆地一帯は、北海道米の名産地としても知名度が高く、主にななつほし、ゆめぴりかなどを栽培しているが、注目すべきは籾の段階で複数種を混ぜる混植栽培を行っていることだ。
こうして採れた混植米の特長について、東神楽町産業振興課の橋本主査は「混植栽培米は、バランスがよい」と語る。異なる品種の種籾を混ぜて育てると、病気や虫の被害に強く農薬も減らせる。さらに食味も各品質の特性が残り、新たな旨味を醸し出すのだ。
東神楽町をはじめ近隣で栽培されている代表的な混植米は、ななつぼし・ゆめぴりか・おぼろづき・きらら397・あやひめの5品種をブレンド。北斗米「ゆきのつや」というブランドで道内中心に出回っている。
大雪山系の清らかな水と肥沃な大地に育まれ、昔ながらの有機肥料を使った米は、名だたるブランド米に引けを取らない幻の味だ。
東神楽町は、米だけなく、小麦、そばなどの生産も盛んだ。近年は小麦の連作障害や畑を休める作物として、なたねにも力を入れている。
毎年5月下旬ころ、旭岳など大雪山系の山々のふもとに黄色い花が咲き誇り、絶景を求めて多くの観光客が訪れることから、新たな観光資源としても注目されている。
農業で成功を遂げたこの町は、一見全く問題がないように見える。しかし、ここにも農業人口減少の波が押し寄せている。その対策として設置されたのがライスセンターだ。耕起作業はもとより米、小麦の播種、刈取り、乾燥調製までを代行し多様化する農作業を大きく保管する機能を担っている。
2017年には、町内の若手農業者が出資した野菜販売所「HAL Market(ハル・マーケット)」が開業した(冬季は休業)。
接客や店舗運営を通して、経営のノウハウを学ぶ実場として活用されている。
また、米栽培など屋外で農作業ができるのは、毎年5月下旬から9月下旬頃までの4カ月程度。そこで、残り8カ月も有効に活用するための通年農業への取り組みも行われている。
株式会社東神楽温室園芸は、広大な土地に大小26のハウスを設置、トマト、ミツバなど5種類の野菜を水耕栽培している。豆苗、かいわれ大根、スプラウトは、JGAP認証を取得済だ。
代表取締役の河野和浩さんは、ハウス水耕栽培の特長について「機械が適度な水分と肥料を供給してくれるので栽培しやすいこと」をあげる。また、計画的な栽培と売上が見込めるというのも大きな利点だ。
ここでのハウス栽培は、寒冷地独特の工夫がされている。屋根は傾斜を鋭利にして積雪対策をし、暖房代節約のためガラスの内側には特殊なビニールを張っているが、ひと冬の灯油代は4千から5千万円にのぼる。
それでも、「ミツバなどは、正月前に出荷価格が高騰するので、年間を通すと十分な収益になる」(河野氏)。北海道で生産されるミツバの約8、9割は東神楽町産、しかも町内で栽培しているのは、この会社以外では2軒の農家のみだ。
北海道は、農業大国となるまでに自然環境をはじめ数多くの問題をクリアしてきた。現在も、積雪期の収入確保や農業人口減少対策などの課題が残っているが、東神楽町のように解決策の糸口を見出した地域もある。
これらの試みが軌道に乗れば、道外のみならず、海外でも十分通用するビジネスモデルとなるに違いないだろう。
ミシュラン2つ星に選ばれた、札幌・円山にある料理屋 素で使用されているのは道産米のみ。店主姉崎貴史さんは「北海道米は、地元の食の魅力のひとつ」と高く評価している。
その日提供する料理に合わせ、お米らしい食味のゆめぴりか、さっぱりとおかずの味を引き立てる名脇役ななつぼしなどを選んでいる。
姉崎さんは「道産米はおいしい品種がいろいろあるので、わざわざ他県の米を買う必要はないと思う」と太鼓判を押すほど。
店内で初めて北海道産の米を口にし「こんなにおいしいのに、どうして今まで食べなかったんだろう」という人も少なくないそうだ。
町の名前は、かつて神楽村(現・旭川市)の東側に位置したことに由来する。神楽の地名は、アイヌ語でヘッチェウシ(神々の遊ぶところ)という意訳だ。「ヘッチェ」とは歌舞に合わせて「ヘイッ!ヘイッ!」と囃し立てること。この場所でいつも歌舞したのでこの名となったとされる。はるか昔、神々も大雪山系を望むこの地を愛していたのかもしれない。