全国の和牛関係者が目指しているのが、5年に1度開催される「全国和牛能力共進会」であり、別名「和牛の五輪」とも呼ばれている。2017年の大会では、鹿児島黒牛(くろうし)が総合優勝を果たし、和牛日本一の称号を得た。近年、和牛のブランド化競争が激化する中、鹿児島黒牛が和牛界のビックタイトルを獲得したことで、国内はもとよりアジア諸国や米国・EU・オーストラリア等への販路も拡大してきている。
畜産王国・鹿児島県は黒豚や地鶏などが有名だが、実は黒毛和牛の生産量も日本一だ。2018年2月の統計で、鹿児島県での黒毛和牛の飼養頭数は、312,400頭。2位の宮崎県214,800頭、3位の北海道179,300頭を大きく上回っている。
そんな鹿児島県は、2017年に「全国和牛能力共進会」において全9部門中4部門で1位を受賞し総合優勝を果たす。質・量ともに日本一の和牛ブランドに君臨したという快挙に、地元新聞社が号外を出すほど盛り上がった。
鹿児島県農政部畜産課企画経営係の古殿誠技術専門員は、勝因について「鹿児島黒牛は頭数が多いので、より優秀な牛を選抜することができる。」
「さらに大勢の生産者や関係者が一致団結し、誰一人手を抜かず飼育した優秀な牛たちを厳選していることが鹿児島県の強みかな、と思います」と語る。
和牛品評会の場合、次の大会への取り組みは通常3年前から始まる。しかし、鹿児島県農政部畜産課肉用牛酪農係の松野愛子技術主査は、「2017年の大会の場合、さらに1年前倒しして4年前から取り組みを行っていました」と説明してくれた。
そして、総合優勝に大きく貢献したのが「チーム鹿児島」の存在だ。鹿児島県農政部畜産課肉用牛酪農係の梶原友輔畜産技師は「大会で良い成績を収めるため、鹿児島県と鹿児島県経済連、全国和牛登録協会鹿児島県支部が主体となり、県推進協議会を立ち上げました。
農協や畜産関係団体など、県の関係者が一致団結し『チーム鹿児島』として取り組んだことも優勝の要因だと思います」と説明する。
近年、鹿児島黒牛は、国内だけでなく、香港、台湾、アメリカ、シンガポールなど海外からの需要も急激に伸びている。鹿児島県からの牛肉輸出量は、2016年度が約870トンだったが、和牛日本一になった2017年度は約1,350トンと前年比約150%と飛躍的に伸びた。さらにイタリア、ドイツなどの在日大使館がレセプションを開催するときのメニューに鹿児島黒牛を採用するなど、日本一の和牛は世界各国でも引く手あまたの状態だ。
鹿児島では、古くから栄養豊富で複雑なうま味をしている黒酢や黒糖の特産地として知られてきた。さらに、鹿児島黒牛を始め、かごしま黒豚、黒さつま鶏など、鹿児島のおいしいものは「黒」と縁が深い。
鹿児島黒牛は、黒毛和種(=黒毛和牛)のブランド牛である。肉質が良く、とくにサシの入り方は世界最上級だと海外でも高く評価されている。また、かごしま黒豚も、一般的な白豚と比べると、1回あたりの出産頭数が少なく飼育に日数を要するが、繊維が細かく歯切れが良いこと、うま味や脂身の甘さが強いなどの特長がある。そして、鹿児島県畜産試験場は、薩摩鶏を基にしてうま味成分のイノシン酸が豊富な「黒さつま鶏」を誕生させた。
鹿児島独自の「黒の文化」は、うま味にこだわる鹿児島県人が、本当においしいものを追求するうちにたどり着いた結果かも知れない。
鹿児島市随一の繁華街、天文館に店を構える割烹石庵(かっぽうせきあん)は、2019年に創業25年目を迎える。鹿児島産の旬の食材をメインにした郷土の味が人気を集めている銘店だ。
店のオーナーである伊比禮数利さんは、鹿児島の食材について「今や世界的に注目される鹿児島黒牛を始め、黒豚、うなぎなど特筆すべきものが多々ある一方で、知られていない食材も多いので、まだ開拓の余地があると思います」と語る。
石庵は、決まったメニューがないが、事前に食べたい料理をリクエストすることが可能だ。そこで、今回は鹿児島黒牛を使った料理をお願いした。
1つ目に出された鹿児島黒牛料理は、醤油ベースのかつお出汁がかかった黒毛和牛しゃぶ肉青菜巻きだ。伊比禮さんは「青菜をしゃぶしゃぶ用の牛肉で巻いて蒸しただけ。本当に何もしてません」と謙遜する
しかし、肉にかかった出汁をすすると、かつおのまろやかな旨味と牛肉の脂特有の濃厚なコクが調和し「うまい」としか言いようがない。この出汁なら永遠に飲み続けたい、と思えるおいしさだ。適度に脂が落ちた牛肉は、脂の甘みと旨味が強い。歯ごたえがあり口の中をサッパリさせる青菜のコンビネーションも見事だ。
2つ目は、黒毛和牛ヒレ肉ソテーだ。シンプルな料理だが、香ばしい匂いと見た目からおいしさが伝わってくる。塩とわさびで食べると、肉独特の脂っぽさが抑えられ、あっさりしているのに肉本来の濃厚なうま味がダイレクトに伝わる。肉が柔らかく、 口の中でとろけるようなうまさだ。
鹿児島黒牛は、繊維が柔らかく赤身とサシのバランスが良いので、シンプルな味付けでも十分おいしいが、伊比禮さんの腕や工夫が、肉のおいしさを引き出している。鹿児島黒牛を食べたいと思ったら、ぜひ第1候補にしたいお店だ。
鹿児島黒牛の故郷、鹿児島県では、黒牛の食べ方も多種多様だ。県内では、しゃぶしゃぶ、すき焼き、ステーキなどの定番メニューはもちろん、牛肉と野菜を一緒に蒸した「せいろ蒸し」、コラーゲンたっぷりの牛すじをトロトロになるまで煮込んだ「牛すじカレー」など工夫を凝らした料理を提供している店舗が多い。
その中でも、鹿児島では唯一の牛カツ専門店「ぎゅう太」は、リーズナブルに食べられる人気店である。
割烹石庵は、鹿児島黒牛だけでなく、地元産の素材を使った料理も自慢の店だ。伊比禮さんは「鹿児島でも昔ながらに全て手作りの日本料理を出す店が少なくなっているので、自分は残そうと努力しています」と店の特長を語る。
前菜は、菜の花、空豆など地元特産の素材が8種も盛り付けられている。採れたて新鮮な食材は、香りも味も濃い。もちろん、焼酎との相性が抜群だ。
桜鯛、地鯵、本鮪と3種類の刺身が、スライスした文旦(ぶんたん)を敷いた皿に盛られて運ばれてきた。サイコロ状の本鮪は、角が立っていて新鮮なのが分かる。ほんの一瞬だけ炙ってあり、鮪の甘みがじわっと口中に広がる。クセが一切なく、青魚独特のサッパリした脂がおいしい地鯵も、濃厚な脂がたっぷりの桜鯛も絶品。
今度は、伊比禮さんが岩塩焼きを持ってきた。塩を割るととうもろこしのような香ばしさが一気に立ち上る。姿を表したのは筍だ。ホクホクと噛みしめると、塩味の奥に筍特有の甘みが感じられる。酢味噌でサッパリ食べるのもおいしい。
次に出てきたのは、東京ではほとんど見る機会がないうちわ海老の焼き物だ。こんなに香りも甘みも強い海老は食べたことがない。酢味噌の酸味との相性も抜群だ。
黒豚ナンコツみそ煮込みは、箸を入れるだけでスッとほぐれてしまう。見た目は味が濃そうだが、食べるとアッサリしており南国の気候に合った味付けだ。
また、割烹石庵では、使用する器も見逃せない。店内に飾られている伝統工芸品薩摩切子は、お酒を提供するときにも使われている。焼酎をグラスに注ぐと、角度によって色合いが変化し、いつまでも見ていて飽きない。グラスを揺らすと、氷が風鈴のような音色を奏で、「薩摩切子は五感を使って楽しめる器」と気づくひとときだ。
コースは予算や材料によって内容が変わる。この日は、先付からデザートまで全12品。さらに入手困難なプレミアム焼酎3M(森伊蔵、魔王、村尾)もリーズナブルな価格で楽しめる。鹿児島を訪れたら、割烹石庵でプレミア焼酎を薩摩切子に注ぎ、旬の食材をじっくり味わってほしい。