鹿児島には、優れた伝統的工芸品が数々あるが、代表格といえば「薩摩焼」だろう。地元では“白もん”と呼ばれる白薩摩は、藩主御用達だった極上品。一方“黒もん”と呼ばれる黒薩摩は、素朴な感じで日常使いを目的とした焼き物である。ところが、近年は黒でも白でもない薩摩焼が登場した。それが薩摩焼のサードウェーブ「眞窯(まことがま)」の陶器だ。
鹿児島市魚見町にある工房「眞窯(まことがま)MAKOTO Kiln」オーナーの原田眞利子さんは、OL時代に2カ月だけ通った陶芸教室で焼き物作りの魅力にハマり、以後独学で作品を作り出している。
陶芸にハマった理由について、原田さんは「自分でなかなか上手くできなかったから」と考えている。OL時代の彼女は、乗馬、ゴルフ、茶道などさまざまな習い事をし、華道の師範免状も取得した。しかし、陶芸は「必ずしも上手くできないところが面白い」と感じたそうだ。
陶芸の奥深さに惹きつけられた原田さんは、すぐに自分でろくろを購入。その後は、本を読み独学で習得したという。
そして、2004年にOLをやめてプロの陶芸作家としてスタートする。さらに10年間病院のデイケアで陶芸の講師を務める中、鹿児島県特産品協会の協力の元、デザインの勉強を続けるなど各機関と研究を重ねてきた。その結果、2008年に鹿児島県の新特産品コンクールでの鹿児島県観光貿易会長賞受賞を機に、各種コンクールで入賞するなど、作品の評価は高まる一方である。2016年にはミラノで開催された国際見本市にも出品した。
眞窯の作品は、病気やケガなどで指に力が入らない人にも使いやすいと好評だ。原田さんは「『使い手をイメージして器を作る』ことを大切にしているだけ」というが、眞窯の器には、何が隠されているのだろうか?
原田さんが手がけている作品の特徴は、「誰もが使いやすい」ことである。初めて、眞窯の作品を手にとった人は、あまりの軽さに「陶器と思えない」と驚く。
OL時代、趣味で陶芸をしていたときも、使いやすさや重さは意識していたものの「やってもできない」と諦めていたという。しかし、本当に作りたいものを追求し続けた結果、「重なる」シリーズを完成させた。
原田さんは陶器の軽さの理由について「小学校の授業で『物には重心がある』と学んだことを思い出したんです。そこで取っ手をつける位置をミリ単位で内側にすると、重心も内側になることが徐々にわかりました。さらに支点を変えると、実際は重いものが軽く感じることに気づいたんです」と教えてくれた。
「誰でも使いやすい陶器を作ろうとする原点は、自分の幼少期にあると思います」と語る。
彼女は、子供の頃に体調を崩し寝たきりになった時期があった。その後、回復して起き上がれるようになったが、「筋力が落ちてしまい、取っ手がついたコップが持てなかったんです。本来持ちやすくするためにつけられた取っ手があるのに持ち上げられなかった。それが自分にとってはショックだったんです。」
原田さんの元には、リウマチなどで手指が上手く動かない方が、近くにある病院の後に立ち寄ることも珍しくない。お客さんとの対話も、現在の陶芸作品に生かされているようである。
また、食器を買いたいけど収納場所に悩む人も少なくない。そこで、「重なる」シリーズは、マグだけでなく湯呑など違ったタイプの作品もスタッキング収納できるようにした。持ちやすくて軽い陶器は、重ねてしまえる。
しかも、一般的な陶器は、表面はざらついているものが多いが、眞窯の作品は表面を全部研磨しているので、洗いやすいのも特長だ。「食器を洗うときに、スポンジが引っかかるのが苦手なので、やすりをかけて滑らかにしているんです」と原田さんは笑う。電子レンジや食洗機対応なのもうれしい。
製品やサービスを使用することで得られるユーザー(顧客)体験のことをUX(ユーザー・エクスペリエンス)という。ユーザーがやりたいことを楽しくかつ心地良く実現できることを目指すという考え方である。
UXの例として、スターバックスコーヒーが有名だ。単にコーヒーを楽しむ場所ではなく、家庭でも職場でもない「第三の場所(サードプレイス)」という心地良い非日常空間を体験できることを付加価値として提供している。
他にも、アプリで自分がいる地域のタクシーを呼べるUber Taxi、現地の空き部屋を容易に宿泊予約できるAirbnbなど、既存の同業では得られなかった「新しい体験」が、新たな付加価値を生み出すビジネスモデルとなっている。
眞窯の器も、ユーザーの生活をより楽しく快適に導くという観点から、UXにも優れた陶器といえるだろう。
毎日使っている食器を買い換えると、なぜか新しい生活が始まるような気持ちになれる。とくに、眞窯の作品に触れると、「いつどんなときに使おうか」という高揚感に包まれる。
眞窯の器は、料理を美しく演出するだけではない。料理を盛り付けて運ぶ際も重く感じさせず、食器を洗うときや収納のことまでも緻密に計算されている。だから、器を食器棚から出した瞬間から再び元の場所に戻すまでの全ての過程で「眞窯の器を使って良かった!」という喜びと感動を体験できるのだ。
原田さんは、お客さんが実際に使っているシーンを思い浮かべながら、自ら追体験し作品を生み出している。そんな、使い手をイメージして作られた眞窯の薩摩焼は、感動を生み出す“体験もん”といえるだろう。
眞窯の作品は、シンプルながら温もり溢れ、飽きのこないデザインなので、一度手にしたら絶対買いたくなってしまう作品ばかりだ。
「2018かごしまの新特産品コンクール」で「鹿児島県貿易協会会長賞」を受賞した新シリーズが「麻模様の陶板」。六角形の皿は、焼くときに変形せず、料理を載せても重たくならないという限界の重さを算出し、裏側が丸くカットされている。表面の模様は、仏壇の彫刻の加工などにも使われているレーザー技術を用いたもの。
1015(イチマルイチゴ)は、加治木粘土の含有率(10%・15%)をシリーズ名にしたもので、Plate(S、M、L)、Bowl、Free(湯呑)、Mugがあるので普段使いにピッタリだ。
昔実在した陶器の弁当箱を眞窯なりにアレンジした「BENTO」は、ふたを取り皿としても使えるので、ホームパーティーのシチュエーションにピッタリ。
眞窯の作品は、東京、大阪、鹿児島のセレクトショップで取り扱う他、オンラインショップからも購入可能だ。興味がある人はぜひチェックしてほしい。