南北の距離600km、干潟から深海まで多様な海を有する鹿児島県は、約300種類の魚などが水揚げされる。養殖も盛んで、養殖ブリ、養殖カンパチ、養殖ウナギの生産量は日本一。また、ウニやアワビ、タコ、ハモ、伊勢エビ、キンメダイなど意外に思われる水産物も獲れるのだ。そんな海洋王国・鹿児島の実力を、鮨の名店で味わってみよう。
黒潮と対馬海流という二つの暖流に近く、恵まれた漁場を持つ鹿児島。さまざまな水産物で全国トップクラスの実力を誇る。
21,443トン(国内シェア7割)
「鮨匠のむら」は、鹿児島の多種多様な魚を楽しめる鮨店だ。店を訪れたのは春先の4月上旬。屋久島出身の店主・野村伸治さんは、鹿児島近海ものの魚介だけを、市場を通さず漁師から直接仕入れている。
一流の目利きである野村さんが選んだ今が旬の海の幸だけが、新鮮なうちに、または最も熟成が進んだタイミングで提供される。
さっそく、こだわりの”おまかせ” を堪能しよう。まずは、つまみから。目一鯛(メイチダイ)の刺身。市場になかなか出回らない高級魚だ。しっかりと脂が乗り、ねっとりもちもちの食感。続いては天然のカンパチ。朝に獲ってすぐ、活け締めしたものだ。天然ものだけに身が締まっていて歯ごたえが強く、爽やかな甘み。
次に出てきたのは、大根で煮込んだマダコ。「鹿児島のマダコは日本一美味しい」と野村さんが語るように、柔らかく、芳醇な香り。薬味のごま塩(鹿児島産黒ごま使用)に合う。
そしてキビナゴ。鹿児島を代表する魚だが、この店で出てくるのは、珍しい子持ちキビナゴを軽く焼いたもの。脂が乗っていて甘みが上品。春と秋の一時期だけ楽しめる旬の味だ。
ウニは、ウニご飯でいただく。鹿児島産のムラサキウニで、ミョウバン不使用のものだけを扱っているため、香り高く、濃厚かつクリーミーな甘みが口に広がる。余韻にも嫌みがない。
さらに、出汁たっぷりの茶碗蒸しにも、鹿児島県産のムラサキウニが。「いいウニだから温めても美味しい」と野村さん。ほかに、目一鯛や、種子島の安納芋などの鹿児島食材が入っている。
つまみの最後は、寒サワラを適度に寝かせてからタタキにしたもの。凝縮したうま味に驚かされる。
鮨匠のむらでは、それぞれの料理を楽しむために5種類の薬味が提供される。自家製”のむら薄口醤油” 、天然塩、梅肉、ポン酢と酢みそだ。いずれも鹿児島産のものを使っている。そして、それぞれの料理の解説とともに、どの薬味で食べるのが美味しいかを教えてくれる。鹿児島近海の「さかな図鑑」さながらの野村さんのトークもまた、料理に味わいを添える。
日本ではごまの供給をほぼ全量輸入に頼っており、自給率は0.1%に過ぎない。しかし鮨匠のむらでは、真ダコのツマミの黒ごま(伊佐市)、イカの握りに使われた白ごま(喜界島)など、ごまはいずれも鹿児島産のみを使っている。
つまみのあとは、握りの登場だ。市場を通さず、直接漁師から仕入れる鹿児島近海ものの魚。ここでは基本となる八貫を紹介しよう。
まずはアオリイカ。ねっとり感とうま味が他のイカとはまるで違う。「鮨はイカで決まる」が野村さんの持論。寝かせる期間や包丁の入れ方など計算し尽くされているからこその味わいだ。
クルマエビは、口に入れた瞬間、「あま~い」と叫んでしまいそうになる。海老を茹でるタイミング、シャリの温度とのバランスを完璧に見切ってこそ、別格の甘さと柔らかさが実現する。
続いてコハダ。やわらかでフワフワの食感に感動。通常は捌いた後に塩で水分を抜き、酢締めで臭みを取り熟成させるが、鹿児島産の鮮度が高いコハダが手に入る鮨匠のむらでは、塩水につけるだけ。漁場が近いからこそできる技だ。
次にアジを2種。開聞港で獲れた真アジは、鮮度が高いからこそ鮨にできるミニサイズ。独特の香りと食感は他では味わえない。続けて、シマアジ。流通しているシマアジの大半は養殖のシマアジだが、鮨匠のむらで出されるのは天然もので臭みが全くない。
ホシガツオ(スマ)。脂が乗った状態で水揚げされることは少ない。口にした瞬間、思わず「ヤバイ」と声が出る、マグロのトロのような絶品の味で、舌の上で溶けるがしつこくはない。
タチウオは開業以来、 30年間研鑽されてきた鮨匠のむらの看板商品。網で獲ったものではなく、必ず釣りで獲った2kg以上のものだけを使う。最低3日寝かしたうえで蒸し焼きにし、軽く擦ったカボスの皮、塩と白ごまを振っていただく。ホクホクとした食感はこの店ならでは。
アナゴはタレが定番だが、鮨匠のむらでは、香りを損なわないために酒と自家製”のむら薄口醤油” で煮上げてある。タレでごまかしていない、アナゴのうま味、香ばしさをダイレクトに感じることができる一品だ。
最近では海外からの観光客も多く訪れるという。野村さんは彼らにも英語で丁寧に魚や鮨の説明をする。「Very rare fish Kagoshima」とたびたび力説していた姿が印象的だった。
うまい鮨屋の共通点は何か。掃除が行き届いている、のれんをくぐると本山葵の香りがする、鮨種は握る直前に切る、シャリや種の温度を調整する……などがある。それに加えて鮨匠のむらでは、鮨を食べたあと、手に魚の生臭さが一切ついていなかった。
鮨匠のむらは、新鮮な魚を扱っているうえに、魚のうま味を最大限引き出すために、生臭さを極限まで消す技巧を凝らしているためだと推測される。したがってのむらの鮨は全体的に優しい味わいがあるし香りも良い。
「うま味はごまかせるけど香りはごまかせない」と野村さんは語る。のむらの鮨は、香りを楽しんで欲しい。
鮨匠のむらではアラカルトメニューはなく、料理と飲み物セットのお任せコースのみ。お酒は純米酒や特別純米酒が、鮨に合わせて提供される。鹿児島の海を丸ごと楽しめる鮨の名店。ぜひ一度は訪れてみたい。