武家に生まれた高杉晋作は、日頃から質素な生活をしていたが、食についてはこだわりがあったようだ。地元萩でもよく捕れる鯛、とくに鯛のあら煮と長州鮨を好んで食べていたと伝えられている。
萩は、鯛やアマダイなど海の幸に恵まれているだけでなく、見島牛や見蘭牛に柑橘類などの特産物がいっぱいだ。萩の街で育ち、当たり前のようにうまいものを食べていた晋作は、自分でも気がつかぬうちに美食家になっていたのかもしれない。
日本海に面する萩は、新鮮な旬の地魚がおいしいと評判の地だが、年間250種類もの魚が水揚げされ、繰り返し訪れても全種類制覇するのは至難の技である。
しかし、せっかく萩を訪れたら多くの種類の特産物を味わいたいという人にお勧めなのが「はぎ御膳」だ。「地元の旬の食材で食のおもてなし」をコンセプトに、東京の有名な和食料理人に監修を依頼し、市内の料理店が考案したメニューである。萩で人気の割烹 千代では、落ち着いた雰囲気の店内で「はぎ御膳」を堪能できる。
はぎ御膳のメニューは季節によって変わるが、萩のブランド魚アマダイをはじめ、子持ちイカ、ケンサキイカ、ノドグロなど地元の食材が中心。萩で栽培された柚子や橙を使い、しょうゆと酒も萩産にこだわっている。
割烹 千代では、はぎ御膳以外にもくじら料理やふぐ料理など、地元の味覚を堪能できるメニューが豊富だ。萩でしか食べられない料理を味わうなら、ぜひ訪れたい。
山口県といえば有名なのがトラフグである。しかし、萩に来たら早春に旬を迎えるマフグもぜひ味わいたい。トラフグより身が柔らかいが適度な歯ごたえがあり甘みが強い。フグの女王と呼ばれるマフグはトラフグに負けないおいしさだ。
そして、山口県の冠婚葬祭に欠かせない郷土料理が「いとこ煮」だ。地域により違いがあるが、白玉団子と小豆を入れ冷やして食べるのが基本。
割烹 千代のいとこ煮は、豆乳プリン風にアレンジしてあり、デザート感覚で食べられる。
高杉晋作は、妻だけでなく妾にもリクエストするほど、鯛のあら煮が好きだったようだ。この時代の鯛のあら煮は、塩で味付けした潮汁のようなものだったと考えられている。
長州鮨は、鯛の白身で使った押し鮨だ。長年、長州鮨はどんな食べ物か不明だったが、当時萩では押し鮨が主流だったこともあり、晋作の好物である鯛の白身を使った押し鮨のことだという考えが一般的だ。
晋作は、大好きな鯛のあら煮と長州鮨を食べながら、幕末志士の仲間と日本の将来について語り合っていたのだろう。
高杉晋作の好物だった鯛のあら煮や長州鮨は、現在萩市内のホテルや飲食店で味わうことができる。
晋作が学んだ松下村塾がある吉田松陰を祀る松陰神社から歩いて約5分の萩本陣は、地元の旬の食材を活かした料理が自慢の名宿だ。もちろん、鯛のあら煮や長州鮨も提供している。
「晋作が食べた鯛のあら煮は塩でシンプルに味付けしたものだったようですね」と料理長の和木坂さんは語る。
源泉の宿 萩本陣は、自家源泉を使った14種類のお風呂と萩の食材を使った料理が自慢の宿。高台にあるのでお部屋や露天風呂からは萩が一望できる。敷地内にある展望台も絶景スポットとして人気が高い。
現在、萩本陣で提供している鯛のあら煮は、しょうゆやみりんなどを使用し、現代人が慣れ親しんだ味付けになっている。「鯛の頭は一度にたくさん煮ると、だしが出て旨味がさらに増すんです」と和木坂さん。1つの鍋で100個もの鯛の頭を煮るそうだ。
萩本陣の鯛のあら煮は、鯛の旨味が強く、食べ始めると箸が止まらない。家庭では真似できないプロの味だ。
和木坂さんは「あら煮を食べた後、煮汁にお湯をいれて飲むのもお勧めです」と料理人ならではの食べ方も教えてくれる。鯛の旨味が凝縮された煮汁を口にすれば、晋作のように鯛のあら煮のおいしさにハマってしまうかも。