北海道は、若者の人材育成施策の一つとして「ほっかいどう未来チャレンジ基金」をスタートさせた。官民一体で運営するこの制度は、通常の海外留学だけでなく、アーティストやアスリート、職人の実践活動や研修も対象だ。海外経験を通してグローバル人材を育成するだけでなく、地域活性化への貢献など期待も高い。
札幌生まれの西野留以(るい)さんは、2018年1月からダンスの本場ロサンゼルスに留学中だ。
4歳から舞踊や演技などを学び、6歳から父が経営するダンススタジオでレッスンを始めた。幼い頃から舞台経験を重ね、数多くのコンテストで優勝するなど、華々しいキャリアを重ねてきた彼女は、現在ダンサーやインストラクターとして活躍している。
そんな彼女の単身留学を支えるのが、2017(平成29)年度から始まった「ほっかいどう未来チャレンジ基金」だ。北海道在住の若者を対象に、オール北海道で海外留学や海外での実践活動を支援する制度で、学生留学、文化芸術、スポーツ、未来の匠の4コースに分かれている。
かねてから「ダンスで北海道に貢献したい」と思っていた留以さんは、制度の創設を知り、早速応募をする。厳選な選考の結果、第1期生の中で唯一文化芸術コースの助成対象者に選ばれ「10代のうちにダンス留学する」という夢を実現させた。
現在、彼女は世界中のダンサーの憧れの地であるロサンゼルスで、多彩な講師・振付師が在籍するダンススタジオでレッスンを受講し、舞台やイベントへのオーディションに挑んでいる。
チャレンジ基金の選考は、書面審査、各分野の専門家による一次面接を経て、二次面接が行われる。面接官は、基金の応援パートナーである企業や団体などの代表者だ。
第一線で活躍する財界人から「ダンスを通して何ができるか」「北海道でどんなことができるか」など厳しい質問が続いたが、留以さんは手作りのレジュメを使い、ダンスを学ぶ意義や人々にもたらす効果などをプレゼンテーションした。
日本では「ダンスは子どもや若者のもの」と思われることが少なくない。しかし、留以さんは、子どもは子どもらしく楽しく体を動かしながら自己表現する手段として、高齢者はロコモ対策につながる健康ダンスなどがあり、世代や目的によって違う効果をもたらすと考えている。
彼女は留学から戻った後、子どもから高齢者まで誰もが気軽にできるダンスの考案や指導に力を入れる予定だ。留以さんは「より多くの人にダンスをする喜びを感じてもらえればいいな、と思っています」と将来の展望を語る。
留以さんの父哲也さんは17歳からダンス活動を始め、現在は札幌市内でダンススタジオ「Fe.dance studio」の代表を務めている。
哲也さんは、すべての生徒を自分の子どもと同じように育てる気持ちで指導しているが、「娘に教えるときはつい厳しくなっていたかもしれません」と当時を振り返る。
哲也さんは、10代の頃から渡米を繰り返してオールジャンルのダンスを学び、有名ダンサーとの共演も多い。現在は北海道ダンスプロジェクト副会長を務めるなど、北海道のダンス表現文化向上のための活動にも精力的だ。
そんな家庭で生まれ育った留以さんにとって、ダンスは物心ついた頃から身近な存在だった。さらに、父の活躍を間近で体感するうちに影響を受け、「いつかは自分もダンスで海外へ」と触発されたようだ。そして、念願の留学を実現するとともに「ダンスで北海道を盛り上げる」という父と同じ道を歩みだしたのである。
哲也さんは、単身留学をする留以さんに対し、「スタジオの環境や雰囲気、どんな先生がいるか、さらに街の様子など、ダンスの本場ならでは雰囲気も全身で感じてほしい」と思っている。親の心境としては「娘が自分と同じようにダンス留学をすることが不思議」だそうだ。
そこで、哲也さんに「一人娘が単身海外に行くことに不安はないか」と尋ねると、苦笑いをするばかりで愛娘の旅立ちに不安を隠せない。しかし、留以さんは、ダンスの本場ロサンゼルスで「あらゆるスタイルのダンスを学びたい」と意気揚々だ。
留以さんは、すでにインストラクターとしても活躍中である。子どもたちが楽しく踊れるように意識しつつ、ポイントを簡潔かつ的確に指導する様子を見る限り、とても19歳とは思えない。しかし、彼女は現状に甘んじることなく、海外でさまざまなスタイルのダンスを学び、自分流にミックスさせ普及させようと意欲的である。
留以さんは「将来は父を超えるのが目標」というが、彼女の踊りに対する哲也さんの採点は厳しい。一方で「将来、娘には自分を超えてほしいと思います。だからもっと頑張りなさい」とエールを送る。
留以さんは初めての海外留学について「ワクワクより不安の方が大きい。でも北海道の期待を背負っているので、それに応えたい」と語る。ダンスの本場で学び成長した彼女が、北海道の活性化に貢献する姿が今から楽しみだ。