秋田県の大自然の中にある芸術村に、毎年のべ25万人以上の観客が全国から押し寄せてくる。
「劇団わらび座」は、人口減少が加速する地方において、教育ワークショップという演劇のノウハウを活かしたビジネスモデルを生み出し、地元を支える一大産業として成長を遂げた事例として、人口減少に悩む多くの地域から注目を集めている。
劇団わらび座は、秋田県の歴史や風土、文化や偉人をテーマにしたオリジナル作品のミュージカルをメインに年間1,000回上演する劇団だ。秋田県仙北市にある「あきた芸術村」内の「わらび劇場」を拠点に全国で活動している。
一般的に演劇集団は、集客に有利な大都市に拠点を置いて活動する。しかし、わらび座は、古くから独自の音楽や踊りなどの民族伝統が根付いていた秋田県仙北市をあえて拠点に選んだ。
1971年に常設型のわらび劇場が完成。その後、劇場の隣に温泉宿泊施設を開業、さらにレストラン、地ビール工場、手作り体験工房など事業を拡大し、現在は総合観光施設「あきた芸術村」として、地元を支える一大産業となっている。
わらび劇場へ訪れる観客は中高校生も多い。生徒たちが演劇鑑賞をする利点について、あきた芸術村 代表取締役社長の山川龍巳さんは「今までに味わったことがない感情を体験できる」と語る。
役者たちの生の演技や音楽などに五感で触れることで「喜怒哀楽という既存の解釈では言い表せない感動」を得られ、豊かな感受性が育むことができると考えている。
わらび座は、「教育と文化の融合」をコンセプトに、演劇鑑賞と踊り体験などのワークショップなどを組み合わせた「わらび座教育旅行」を40年ちかく実施し、全国から訪れる生徒たちを受け入れている。
ワークショショップでは、現役の俳優がインストラクターとなり、クラス全員が一丸となった踊りを創り上げる。クラスの絆が高まるだけでなく、今までおとなしかった生徒の表情も明るくなるという。
さらに、山川さんは、「ワークショップを体験すると、心と体がリラックスして、肉体的にも精神的にも解放されるんです」とわらび座の演劇ノウハウを活用した教育の利点を語る。
普段は、周囲の視線や人間関係などを意識しすぎて、過度に緊張している状態から「解き放たれる」のだそうだ。踊り体験教室は、先生や親、そして生徒自身も気づいてなかった「無意識の緊張」という見えない殻を破り、新たな成長を遂げる場なのだ。
わらび座の活動は、あきた芸術村という観光施設だけでない。観光客と地元の人々をつなぐコーディネーターとして重要な役割を担っている。
わらび座教育旅行では、地元の農家に短期滞在する「農家体験」も人気が高い。田植えや稲刈り、畑仕事など農業をするだけでなく、朝の顔合わせから夕食まで、地元農家の家族と一緒に農家の生活を体験するプログラムだ。
都会では、大人の意見に全く耳を傾けないような生徒たちも、ここでは真剣に農作業に取り組むそうだ。そんな、生徒たちの姿を見るたびに、農家体験指導の担当である角田さんは、「農業を通した『人との触れ合い』が、生徒たちの新たな魅力を引き出してくれるのではないでしょうか」と考える。
農家の家族は、作業をサボろうとする生徒には容赦なく叱る。しかし「一期一会の出会いであっても、相手が本気でぶつかってくると、心が揺り動かされるのかも知れませんね」と語る。
わらび座のような地元密着型の常設型公演をベースとしたビジネスモデルは、秋田県以外でも導入が始まっている。2006年には、山川さんのプロデュースにより、愛媛県東温市に「坊っちゃん劇場」を開館。山川さんは、初代支配人として愛媛県の劇場文化とビジネスの発展に大きく貢献した。
わらび座が始めた「地方常設型劇場」は、地方創生の新たなビジネスモデルとして広がりつつあるのだ。
「地方には何もない」という人が多いが、わらび座は、地元に眠る文化や人材などの資源を活用し、地域活性化に成功した。
今後も、わらび座は、地方の資源を活用してアウトプットする方法を提案し、地方が新たにオンリーワンの「知産」を造り上げるメソッドを提供してくれることだろう。
わらび座は、上映を終えると別途500円追加でバックステージツアーを楽しむことができる。舞台監督の先導で実際のステージに立ったり、舞台裏を見学できたりする。客席からでは分からない、舞台のヒミツを教えてもらえる。